FCバルセロナ:債務超過転落へ導いた2021年6月期大赤字決算の要因

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メッシ退団、財政問題に続き、審判買収疑惑とバルセロナのクラブ運営は揺れ続いています。バルセロナの選手獲得のニュースの際には、しばしばクラブの財政状況についてセットで言及されていますが、どう悪いのかアニュアル・レポート(年次報告書)をもとに財政状況を掘り下げてみました。

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2021年6月期の大赤字

最終的には直前期の2022年6月期(2021シーズン)のバルセロナの財務諸表を確認する予定です。その話の前にその前期である2021年6月期にFCバルセロナは大赤字を計上しており、文脈としてこれを理解しておく必要があるでしょう。このため、2021年6月期の決算について今回は取り上げます。

2021年6月期、バルセロナは巨額の赤字を計上しました。481百万ユーロの当期純損失を計上し、451百万ユーロの債務超過となりました。負債も1,350百万ユーロと巨額なものになっています。1ユーロ140円だとすると当期の純損失は約680億円、債務超過は約630億円、負債額は1,900億円でサッカークラブとしては天文学的な数字にも見えます。この大赤字を喫した2021年6月期について、決算書を吟味してみます。

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損益計算書

2021年6月期損益計算書

(出所:FCバルセロナアニュアルレポートより当ブログ作成)

まずは損益計算書からいきましょう。以下、重要な勘定科目を確認していきます。

売上高内訳

(出所:FCバルセロナアニュアルレポートより当ブログ作成)

2021年6月期の売上高は575百万ユーロと前年度の708百万ユーロから、19%減少しました。アニュアル・レポート(年次報告書)によるとこの理由はコロナの影響を受けたものです。
大会からの収入は8百万円と90%減少しました。この収入は具体的には入場料を指し、コロナの影響で無観客試合を余儀なくされたことによるものです。

シーズンチケットホルダー及びメンバーシップカードホルダーからの収入も15百万円と72%減少しました。やはりこれも入場料と同じ理由です。

一方でテレビ放送及びテレビ放映権からの収入は281百万円と前期比13%増加しました。メディア部門の収入は、主に2021年6月期(7月および8月)にリーガとUCLの両方で2020/6期の試合の一部がずれ込んで開催されたことが増収の主因です。マーケティング及び広告からの収益は270百万円と前期比16%減少しました。新型コロナウイルスの流行によりグッズショップがほぼ全シーズンを通して閉鎖されるなどし、グッズ販売が落ち込んだことが影響しています。アニュアル・レポートによると、コロナの影響により夏のツアーに参加できなかったことも要因の一つとのことです。怪我人が発生すると批判される夏のツアーですが、クラブの財務では重要な位置付けなんですね。

売上の国別比率はスペインが54%、スペイン国外が46%でした。その前の期が80:20ですが、これも入場料収入が少なかったことの影響とみられます。

売上原価内訳

(出所:FCバルセロナアニュアルレポートより当ブログ作成)

売上原価はスポーツ用品等の消耗品です。19百万ユーロと前期比37%減少しました。要因は確認できませんでしたが、大きいコストではないので良いでしょう。

人件費内訳

(出所:FCバルセロナアニュアルレポートより当ブログ作成)

人件費は前期比1%増加の489百万ユーロとなりました。

大部分を占める男子サッカー一軍選手(バルセロナは女子サッカーやバスケットボールチームもあります)への給与は、シーズン中に行われた交渉によりカットされ、1%減少しました。このカット分は残りの計画期間に分割して上乗せされて支払われる予定です。変動報酬等一部給与の支払も延期されています。

しかしながら、内訳を確認する限り確かに一軍選手の給与は減少しているのですが、一軍の選手以外の人員であるコーチやその他の選手の給与及びボーナスが増加し、前期比1%増加する結果となりました。

その他の営業費用

(出所:FCバルセロナアニュアルレポートより当ブログ作成)

その他の営業費用は、172百ユーロと前期比11%減少しました。これは、主に選手の肖像権に対する支払い(勘定科目は「外部サービス」)です。

減価償却費内訳

(出所:FCバルセロナアニュアルレポートより当ブログ作成)

減価償却費は154百万ユーロと前期比9%減少となりました。主に選手の移籍金の償却がほとんどを占めるため、選手獲得を控えたのか、結果的にそうなったのか、移籍金の減少の影響により減少しました。

減損損失及び非流動資産処分損益内訳

(出所:FCバルセロナアニュアルレポートより当ブログ作成)

注目したいのが、減損損失及び非流動資産処分損益です。主に、取締役会が委託したデューデリジェンス報告書で定められた推奨事項に従い、無形資産の評価を行った結果、無形スポーツ資産つまり選手について164百万ユーロを計上しています。これについての所見を改めて後述します。

引当金その他については税務引当金が主なものです。これは、財務諸表作成当時税金の金額が確定しておらず、税金の見込金額として計上しているようです。

この結果、営業損益については504百万ユーロの営業損失となり、前期の5倍近くに拡大しました。営業損益とは、本業が稼げているのかを示す段階利益です。日本円にすると700億円近くの営業赤字計上となりますので、かなり乱暴にはなりますが我が国のイメージで言うと旧東証2部だと致命傷、旧東証1部レベルだと中堅レベルであれば「そろそろやばいかな」くらいの感じです。

金融費用

(出所:FCバルセロナアニュアルレポートより当ブログ作成)

金融費用及び類似項目については、50百万ユーロの損失(金融収益項目とも足し合わせた数値)となりました。主に金融手数料、及び「金融商品の減損および処分損益」が発生したことによるものです。厳しい財務状況の企業が資金調達する際は、単純な融資以外の一般的でない資金調達方法が取られることも多く、この場合アレンジする手数料は通常よりしっかり取られます。こうした影響なのかなあと推察します。

結局、当期利益については、481百万ユーロの当期純損失を計上し、451百万ユーロの債務超過となりました。

損益計算書 2つのポイント

大赤字発生のポイントは二つあると考えています。一つ目のポイントはコロナの影響です。入場料が落ち込み、海外ツアーも実施出来ませんでした。グッズ販売も不調でした。このため売上が大きく落ち込みました。まあ、これは世界各国のクラブに共通したネガティブ要因です。

注目したいのは二つ目のポイントです。無形資産の再評価による減損損失です。クラブは資産として計上し、契約期間に合わせて償却してきた獲得選手の移籍金について、デューデリジェンス報告書における推奨事項にしたがって、現状で見込まれる価値まで無形資産(選手)を再評価し、減損損失を計上しています。その額164百万ユーロ、約230億円です。

疑問に思うのがなぜデューデリジェンス(資産査定)を行ったのかということです。2021年10月6日のクラブのプレスリリースによると「2018/19、2019/20シーズンおよび2020/21シーズンの最初の9ヶ月間のクラブの業績を分析すること、および昨年3月7日の会員による選挙を経て新しい理事会が就任した時点でのクラブの経済・財務状況の詳細を入手すること」が目的としています。バルセロナの身売りや合併などのM&Aが発生するのであれば、そうしたプロセスがあってもおかしくありません。この場合の理由は、例えば買収する側がそれを判断するにあたって企業の実態が分からないためであり、そこにデューデリジェンスの過程を挟むことに違和感ありません。

しかしながら、今回は経営陣の交代を機に行ったものです。新たな経営陣が組織内で確認すれば良いだけの話であり、第三者に依頼する必要はないと思われます。更に、今回の査定の委託先はデロイトなのですが、億単位の費用が発生するのではないかと推察されます。資金に困っているバルセロナとしては節約したいはずです。

にもかかわらず、デューデリジェンスを何故行ったのか。私の推察としては、由は2つあります。一つは新任の経営陣が会計上の2020年10月に退任したバルトメウ氏が率いた旧経営陣の責任を明確化したいこと、もう一つは、過去の意思決定に伴う費用(評価損等)を多めに計上したり、前倒しで計上することにより(よく言えば保守的ということができます)、翌期に新経営陣のおかげでV字回復が出来たという体裁にしたい、あるいは翌期の黒字化のハードルを低くしたかったというのがあるかもしれません。これはカルロス・ゴーンが日産でやったことです。

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貸借対照表

2021年6月期 貸借対照表

(出所:FCバルセロナアニュアルレポートより当ブログ作成)

貸借対照表に移ります。貸借対照表についてはいえば、○○比率などで分析するまでもない状況です。①巨額の借入がある、②巨額の債務超過がある、これだけ理解していただければ十分な状況です。以下に記すそれ以上の部分は読み飛ばしていただいてもいいです。

一応、内容を書いておきます。アニュアル・レポートによると2021年6月30日時点の純負債は680百万ユーロです(上表の勘定科目の区分けにはリンクしていません)。エスパイ・バルサの開発への投資総額が122百万円であることを考慮すると、エスパイバルサ分調整後の負債は558百万円となり、負債/EBITDAの比率は-9.26と、クラブ付則第67条に定める上限である2に対し、大幅に未達となっています(数値はアニュアル・レポートより引用)。EBITDAとは、当期利益に支払利息、税金、及び減価償却費を足したものです。EBITDAとは、ざっくりとした現金収入の総額を表します。このため、負債/EBITDA倍率とは、借金と現金収入の比率を一定のバランス(以下)に保つことを意図したものです。負債/EBITDAの数値は、現金創出力であるEBITDAが大きければ小さな数値となりますが(両方が正の値のとき)、当期は大赤字を計上した結果、EBITDA自体がマイナスなのでおかしな数値になっています。簡単に言えば、クラブ規則に定める規定の上限よりたくさん借金をしているということです。

株主資本は減少し、先述の通り2021年6月末時点で-451百万ユーロとなりました。この630億円近くの債務超過ですが、やはり我が国企業のイメージで行きますと、旧東証1部の企業でも倒産してしまうレベルです。結果、アニュアルレポートにおいては、監査法人により継続企業の前提として「当グループが継続企業として継続する能力に重大な疑義を生じさせる可能性がある」という潰れそうな会社の財務諸表に記される文言が注記として記載されています。

一部報道では「破産」という見出しで煽ったりもされましたが、破産に至っていません。これだけの債務超過にもかかわらず、バルセロナが破産や会社更生法等の倒産手続に至らないのは、結果的に資金繰りが回っていること(関係者への支払が出来ていること)、及び誰(クラブ及び債権者)も裁判所に破産を申し立てないためです(我が国の倒産関連の法制の考え方で言えばそうです。スペインでも同じ建て付けではないかという前提で書いています)。バルセロナにはお金がない状況でしたが、支払や金融機関への弁済等の契約変更を行い、履行可能な契約条件に改め、それを守っている。そして契約変更に応じる債権者も、そうした方が最終的に資金を回収できる金額が大きいと見ているため、結果として債権者を含めた関係者からの破産申し立てが発生する状況になっていないものと考えられます。

2021年6月期末の心もとない現金残高

2021/6期末の現金残高は0.6百万ユーロとなりました。これは売上高の1.2ヶ月分です。なお、同じ期末のレアル・マドリードの期末現金残高が266百万ユーロで売上高の4.8ヶ月分で、ライバルと比べ大きな見劣りがします。

アニュアル・レポートの中で、クラブは以下の取り組みを行ったとしています。

まず先述の通り人件費の削減を行いました。FCバルセロナのサッカー・トップチームおよびバルサBの選手およびコーチングスタッフとの間で、2020/21シーズンの固定報酬および類似報酬のカット、次の契約シーズンに発生し支払われる報酬の確定、2020/21シーズンに発生した変動報酬の延期に関する労働協約を結びました。そして、当然ながら不要不急の管理コストの削減も行います。

コスト削減に加え、「流動性確保資産」として他のスポーツ事業体からの売掛金のファクタリングや、2021/22シーズンのテレビ放映権からの収入の一部を前倒しで徴収することなどを行いました。それぞれの方策は、簡単にいうと受け取るお金を割り引く代わりに早めにクラブに対し払ってもらうというものです。

その他、その後の取り組みとして、①FCバルセロナ・トップチームおよびクラブの全プロチームの年俸を削減、②諸経費の合理化、③eコマース、新しい商品ライン、新しい販売チャネル、新しいライセンスの促進による商品収入の増加、④デジタル活動からの収入の促進、⑤新しいスポンサー契約、 ⑥戦略パートナーと特定の事業領域のマネタイズなどに取り組むことを謳っています。メッシと2021年6月末に契約を満了し、再契約を行わなかったのは、この方針に基づくものと言えるでしょう。

キャッシュフロー計算書で確認する

この状況についてキャッシュフロー計算書からおさらいをしてみます。大きな変動があった項目として、青い丸数字を付した項目を中心に説明していきます。

2021年6月期キャッシュフロー計算書

(出所:FCバルセロナアニュアルレポートより当ブログ作成)

営業活動によるキャッシュフローですが、-132百万ユーロとなりました。税引前当期純損失が前期の133百万ユーロから555百万ユーロとなりましたが、損益への調整項目、特に減損損失の足し戻し等があり、最終的には-132百万ユーロとなりました。整理の仕方にもよりますが、当期の大規模な当期純損失は現金流出の伴わない評価性の高い費用の占める金額が高かったものの、やはりコロナで稼げなかったということに尽きると思います。

投資活動によるキャッシュフローについては前期の-155百万ユーロから-20百万ユーロにキャッシュアウトが縮小しています。その大きな要因は無形スポーツ資産によるキャッシュアウトについて-245百万ユーロから-183百万ユーロに縮小していること、及び無形スポーツ資産のキャッシュインが+148百万ユーロから0ユーロとなりました。この2点から、選手の獲得が減り、そして選手がいい値段で売ることが出来なかったと推察されます。

財務活動のキャッシュフローについては、前期の+206百万ユーロから+51百万ユーロに縮小しています。これは銀行からの借り入れが214百万ユーロから107百万ユーロに減っていること、及び57百万円の返済を行っているためです。財務が健全化しているのであれば銀行に頼る必要がなくなってきたという考えもできますが、現在の厳しい状況を考えると、借換えができない、または新たな借入れができないという状況であるといえるでしょう。

以上より、コロナの影響を受けてお金を稼げなかった、そして銀行借入による資金確保も十分にできなかった、これが2021年6月期末の薄い現金残高になったといえます。

財務的な観点でいうとメッシの退団はやむなしか

メッシの退団については、再契約をしなかったことやその送り出し方など賛否色々ありますが、一つの企業の財務的な観点から見れば合理的な選択肢と言えると思います。メッシは大幅な減俸を申し出たという報道もあり、仮にメッシと再契約を行った場合、大きな収益的な貢献を見込めた可能性もあるものの、クラブではメッシの存在により他の選手がより高いサラリーを要求するようになったとの指摘もあります。更に、FCバルセロナが効果的な人材確保に苦労するようになった結果、ラ・マシア出身の選手たちが自分たちがいかに重要な存在であるかを認識し、やはり高い給料を要求したという話もあります。ラ・マシアが前の世代の技術に見合う新しい才能を開発できなかったという事実もこの問題をさらに悪化させました。

当期の決算において債務超過に沈んだFCバルセロナはその厳しい財政状況がクローズアップされるのですが、次回投稿にて、コスト切り詰め黒字化し、資金を必死でかき集めた2022年6月期の決算を眺めます。

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